南米のお花し

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第一回  ブーゲンビリア 夏の国には夏の花が良く似合う。

ハイビスカスと共に熱帯を代表する花。この花が咲き乱れた場所に来ると、「ああ夏の国に来たんだなあ」と実感する。 またプールサイドを彩るブーゲンビリアは、否が応でもリゾート気分を高揚させる。 ブーゲンビリアはブラジルが原産のオシロイバナ科の花で、和名をイカダカズラ(筏葛)という。花はピンク色が代表的だが、他にも真紅や白、オレンジといったものも見られる。 しかし、花に見えている部分は実は葉であり、学術的には包葉(花のすぐ下につく小さい葉)といって、ハチドリなどの虫を引き寄せる目的で、葉が派手な色や形に変化したものである。ブーゲンビリアのことを英国では「ペーパーフラワー」(紙の花)というが、 葉が非常にデリケートな薄さで、紙のようにひらひらとしていることから、こう呼ばれるようになったらしい。香りはほとんどないが、 花言葉「情熱・熱心」のイメージに違わず、南国のパッションを掻き立てるゴージャスで艶やかな花である。日光が大好きで、乾燥に強く寒さに弱いという特徴がある。写真のブーゲンビリアは、リマ市内のサンイシドロ地区のもの。ブーゲンビリアには基本三種が あり、その一つがペルーイカダカズラである。   ブーゲンビリアの花の名前は、19世紀初頭、南太平洋沖のソロモン諸島を探検したフランス艦隊の艦長に由来する。 名前をルイ・ド・ブーゲンビル(1729年~1811年)といい、ソロモン諸島で見つけたこの花を、彼がヨーロッパに持ち帰ったのが きっかけのようである。現在のパプアニューギニア領ソロモン諸島のブーゲンビル島も彼の名前に由来している。 ブーゲンビル島といえば、第二次世界大戦中、日米両軍が激しい攻防戦を繰り広げた最前線として知られる。数万人以上の日本兵の英霊が眠り、 今でも遺骨・散骨収集が慰霊団などによって続けられている。米軍は、日本への石油供給ラインを遮断し、日本本土上陸作戦への足がかりを築くために、連日連夜にわたる激しい猛襲をかけ、日本軍をじわりじわりと追い詰めた。ラバウル基地からロクな食料・ 武器の補給もないまま、多くの日本兵は赤痢や栄養失調で無念の戦死を遂げる。ガダルカナル島が「餓島」と呼ばれ、多くの日本兵が餓死を余儀なくされたのと同様、ブーゲンビル島もあまりにも悲しい歴史を具現する島である。この花に鮮やかに咲き誇るブーゲンビルが、せめて英霊の御霊を安らかにしていることを、心より願わずにはいられない。 また、当時の連合艦隊司令長官、山本五十六大将が1943年(昭和18年)4月18日、ラバウル島より偵察機で視察中、米軍によって偵察機を撃ち落され、非業の戦死を遂げたのもこのブーゲンビル島である。今でも、山本五十六が偵察直前の最後の数日を過ごしたラバウル島の海軍指令本部が「山本バンカー」として残っており、ここにもブーゲンビリアが静かに咲き誇っている。

第二回 ハイビスカス 花の命は短くて・・・

前回紹介したブーゲンビリアと双璧をなす熱帯を代表するする花が、ハイビスカスである。アオイ科フヨウ属に属する非耐寒性の常緑低木で、熱帯・亜熱帯・温帯の暖かい地域でゴージャスな花を咲かせる。和名をブッソウゲ(仏桑葉)というのは、葉っぱの形がクワ(桑)に似ているからであろう。色はショッキングピンクやサーモンピンク、白など様々だが、これぞ南国!というトロピカルムードを掻き立てるのは、やはり真紅色のハイビスカスである。見事な赤い色は、元気やパワーをくれるような気がするから不思議である。ハワイ州の州花であり、マレーシアの国花でもあり、沖縄市の市花であるのも、この花の持つパワーを鑑みるとなるほど納得である。15度以上の場所では通年開花しているが、日本では一般的に5月~10月が見頃である。 学名はHibiscus(ヒビクス)というが、エジプトの美の女神「ビヒス」に由来するようである。エジプトの「美の象徴」といえば、プトレマイオス朝最後の女王にして、シーザーやアントニウスといった名だたるローマのイケメンを瞬時にして虜にしてしまったクレオパトラをおいて、他にはいまい。彼女にまつわる伝説は枚挙に暇がないが、クレオパトラはハイビスカスのお茶を常に愛飲し、彼女の衣装はハイビスカス の赤い色で染められていた・・・なんていうのもその説のひとつ。 クレオパトラにあやかってか、一時は日本でもハイビスカスティーというハーブティーが女性達の熱い注目を浴びていた。ハイビスカスの花は、クエン酸やリンゴ酸を多く含み、またビタミンCも豊富に含有することから、血液をサラサラ&美肌効果抜群のお茶として大人気である。酸味が強いので、蜂蜜をたらすと飲みやすいが、ローズヒップのお茶とミックスして更なる美肌効果を狙ったハーブティーも人気のようである。クエン酸には疲労回復効果があるというのも嬉しい。しかし、このハイビスカスの花は朝咲くと夜にはしぼんでしまうので、最高の美を楽しめる瞬間は、ほんの束の間のことだ。花の命は短くて・・・ハイビスカスの花に哲学的示唆を得た筆者がいる。

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第三回 ボトルブラシ・フラワー

文字通り、ボトルを洗うのに使用するブラシに形が似ていることからこう呼ばれるユニークな花。何の変化球もなくつまらないが、それ以上ないので仕方ない。ブラジル原産とされるが、オーストラリアのパース周辺のワイルドフラワーツアーなどで非常にメジャーな存在である。気温15度以上の場所では通年開花し、ペルーのリマでは冬でも楽しむことができる。 写真は、リマ市のサンイシドロ地区にある、旧日本大使公邸跡の前に咲いていたボトルブラシ・フラワー。旧日本大使公邸といえば、1996年12月の大使公邸人質事件の現場というと、ピンとくる方も多いはず。(現在、日本大使公邸は別の場所にある。) 当時世界を震撼させた事件現場だが、今は住人もなくひっそりとしており、扉に残された弾丸の跡が当時を生々しく今に伝えているのみである。主を失った館の前で静かに咲いているボトルブラシ・フラワーは、人間の凶事をどのような思いで眺めてきたのであろうか・・・。

第四回 プルメリア- 綺麗なものには毒がある

公園や街路で見かけると、急いでいるのに思わず足を止めて眺めてしまう。魅惑的な花の中でも人気の高いのが、中南米原産のプルメリアの花だ。プルメリアはキョウチクトウ科プルメリア属の花で、和名をインドソケイといい、英語ではTemple TreeとかEgg Flower(白い花が中心に向かって黄色いグラデーションを成していることから)などと呼ばれている。ハワイ州の州花にもなっており、ハワイやタヒチのレイに使われている芳香な白い花といえば、ピンとくる方もいるだろうか。 プルメリアは、常緑性の高さ8メートル程の木で、暑い熱帯地域の公園や街路で多く見かける。その理由は、程ほどに背丈のある木が適度な日陰を提供してくれるから。暑い夏の日中、プルメリアの木陰に入ると、芳しい花の香りと合間って心がすっと落ち着く、まさに自然のテラピーである。 見た目にも大変美しく、香水も顔負けの上品な香りと艶やかな花びらは、誰しもの心を癒してくれる魔法の花といえよう。花は木にひとつひとつ咲くのでなく、10ほどがひとつのグループとなって咲いているので、まるで花束が気に宿ったような錯覚を覚える。 マレーシアやインドネシアなどの東南アジア諸国にあるイスラム教の墓やオマーン、サウジアラビアやイエメンといった中東諸国のイスラム教寺院でも飾られている花で、インドの寺院でも古くからこの花を飾る習慣があることから、旧植民地の宗主国であるイギリスで、上述した「Temple Tree」と呼ばれるようになった。なぜ世界各地で宗教的イメージを想起させているのかは不明だが、プルメリアの花の上品で落ち着いた香りには、永遠や安寧といった精神安定の作用があるのかもしれない。 ちなみに、花の名前は、17世紀のフランスの探検家シャルル・プリュミエ(Charles Plumier 1646~1706)がカリブ海地域を探検した際に発見したことから、彼の名をとってプルメリアと呼ばれるようになったそうである。 プルメリアの茎は大変たおやかで折れやすい。また茎を折ると乳液が滴り落ちるが、この乳液は非常に有毒な物質を分泌する。しかし、アンデス地方のインディオたちは古よりこの乳液を薬として使用していたようである。美しいものには毒がある。見た目があまりにもゴージャスで美しいだけに、その茎の持つ有毒性にはちょっと驚かされるが、妙に納得する男性も多いのでは!?

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第五回 ジャカランダ 郷愁誘う涼しげな花

アルゼンチン北西部やブラジル、ボリビア、ペルーなどが原産とされている薄紫色の上品なジャカランダ。実はジャカランダは属名で、ノウゼンカツラ科の半耐寒性常緑落葉高木である。世界三大花木のひとつで、ブラジルの国樹にもなっており、成長すると(成長も比較的早いが)高さが15メートル位にまでなることから、南米各国やオーストラリア、南アフリカなど暖かい国々では日陰をつくるための街路樹として植えられている。南半球でしか綺麗に咲かないといわれ、冬(6月~8月)から早春(10月頃)までは一時落葉する。ペルーの首都リマでは、11月頃からジャカランダの薄紫色の花が街路を彩るようになる。この花が咲き始めると「ああ、春が来たなぁ」と実感するものである。 ジャカランダの薄紫の花を表現するならば、上品、楚々、清楚、凛とした嗜みのある美しさ・・・とでもいえようか。既に死語と化しつつある、どこぞの国の〇〇撫子になぞらえた表現がしっとりと当てはまる、女性的な美しさを持つ花である。 ジャカランダの名を一躍有名にしたのが、2010年サッカーワールドカップである。開催国である南アフリカ共和国のプレトリアの街には、7万本を越えるジャカランダが街路樹として植えられている。毎年10月中旬の春先になると、「ジャカランダシティー」の異名を持つプレトリアに、薄紫色の絨毯を敷き詰めたかのような美しい並木道を眺めに、世界中から観光客が押し寄せる。その光景は息を呑むほど印象的で、この花の根強い人気のほどを窺わせてくれる。19世紀末に、ある白人がブラジルのリオ・デ・ジャネイロからたった2本移植したのが始まりだという。 学名をJacarand mimosifolia(ジャカランド・ミモシフォリオ)といい、円錐花序の芳しい花を身につけ、花はラッパ状で5裂し、細い羽状複葉で対生した葉がついている。リマでこの薄紫色の花を見ていると、何とも服しがたい望郷の念に駆られるが、この花は和名をキリモドキ(桐擬き)というそうである。その昔、移民として南米大陸に渡ってきた日本人が、桐の花に似ていることから郷愁を誘う花としてキリモドキと名づけたそう。ハワイの日系人の間では、日本の桜とも面差しが似ていることから「ハワイ桜」とか「紫の桜」と呼ばれている。そういわれてみると、楚々とした美しき日本女性を彷彿とさせても不思議はない気がする。

第六回 ルピナス インカの栄華を彷彿とさせる花

春の到来を告げるのに、これほど似つかわしい花はないのではないだろうか。何とも独特な三角錐の形に、紅、桃、紫、青、黄色、オレンジとカラフルな花を咲かせるルピナス。日本でも大変人気の高い、中南米原産の花である。 別名を「ノボリフジ」(昇り藤)というように、藤の花を逆さにしたような形をしており、葉っぱも非常にユニークである。先述のように様々な色が見受けられるが、日本で人気が高いのは、やはり藤の花に似た紫色であろう。いかにも外国産っぽい花にもかかわらず、何故か和の雰囲気を醸し出し、心安らぐのもこの紫の花である気がする。 マメ科のルピナスは耐寒性に優れ、気温15度以上の土地では通年開花する。その為、リマのような夏場と冬場の気温差が比較的緩やかな場所では、一年中このルピナスを楽しむことが出来る。ニュージーランドなどの高緯度の地域では、2月頃のフラワーフェスティバルの機会でしかこの花を観賞できないことを考えると、すごく得をした気分である。サンイシドロ地区などの高級住宅地の庭先に冬場でも可憐に咲き誇る色鮮やかなルピナスの姿を目にすると、曇天の続くリマの冬場の重たい気分が一掃される。 ルピナスとはラテン語の「lupus=ルプス」(オオカミ)が語源とされる。恐らくは花が群生する様を、オオカミが群れている様に模したものと思われる。花言葉に「多くの仲間」とか「貪欲」といった意味があるのも、この語源にありそうである。また、カラフルなルピナスの花は、インカ帝国時代の帝国旗で、現在もクスコの旗である虹旗と相俟って、一部では「インカ帝国旗の花」と呼ばれているそうである

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第七回 ひまわり ゴッホの名画は「新大陸」から・・・?

ほのかな花の芳しい匂いや鮮やか色に、遠い日の記憶がくすぐられたという経験の持ち主は多いのではないだろうか?太陽の恵みを一身に浴びて、きらきらと輝くひまわりの黄色い花を見て、遠い少年の日の宝石のような夏の日の思い出が脳裏をよぎる・・・。 ひまわりは夏のシンボルというより、夏そのものとも言える存在感を持った、まさに夏を代表する南米原産の花である。ひまわりが英語でSunflowerと呼ばれることは知られているが、これはfollowing the sun (太陽に従う)が後に変化したものと言われる。その名の通り、このキク科の一年草は太陽を追って回りながら咲く花だ。若い茎や咲き始めの花は、太陽を追って東向きに回る。花がよく開いた後は動かなくなるから不思議だ。丈は成長すると2~4m位になり、観賞用としてはもちろんのこと、種は油として使われる。 ひまわりの日本語の語源は、英語同様「日廻り」=日を追って回る花で、やはり太陽に由来している。現在では「向日葵」と表記するが、日輪草、天竺あおい、日向あおい、日車など様々な別名を持っている。ここペルーで使われているスペイン語でも、やはり太陽に由来するgirasol=日向草と呼ばれている。 花言葉は「敬愛」「憧れ」「輝き」「あなたは素晴らしい」などで、太陽の花にふさわしく、憧憬や威厳を有するものの象徴のようだ。フランス・ブルボン朝の王で、ベルサイユ宮殿を建立したことでも知られるルイ14世は「太陽王」の異名をとるが、ヨーロッパに持ち込まれたひまわりの花を彼がこよなく愛し、自分の紋章(日本の皇室でいう御印)にひまわりを用いていたことから「太陽王」と呼ばれるようになったという説がある。この太陽の花の持つ圧倒的な存在感は、臣民の頂点に立つ支配者にとっては、「そうありたい」と願わせる、さぞや魅力的なものだったに違いない。 原産地であるここ南米に目を移してみても同様のことが言える。南米最大規模の帝国を築き上げたインカの歴代の皇帝は、自らを太陽神の子と称し、「太陽の花」であるひまわりをこよなく愛でていた。石造りの神殿にはひまわりの花が彫られ、皇帝に仕える巫女は金細工のひまわりの装飾品を常に身につけていた。インカ帝国の首都だったクスコの中心地アルマス広場は、国花であるひまわりの鮮やかな黄色で一面彩られていたそうだ。 では、ひまわりがいつ頃「新大陸」からヨーロッパに伝わったかであるが、かのクリストファー・コロンブスの探検時と一般的には言われている。その後、1568年にニコラス・モナデスというスペイン人医師が本国に持ち帰り、本格的にヨーロッパでも栽培されるようになった。農奴解放が遅れて食糧難だった帝政ロシアでは、ひまわりの花は食用として改良され、現在でも一部の地域では実際に食用として使用されている。 ヨーロッパでも屈指のひまわりの景勝地として知られるのが、スペインの南部アンダルシア地方。7月上旬のアンダルシアでは、太陽の奇跡と呼びたくなるような、見渡す限りまっ黄色の息を呑むようなひまわり畑の素晴らしい景観を楽しむことができる。19世紀のオランダの画家ビンセント・ヴァン・ゴッホは、アンダルシア地方のものも含め、生涯で13枚のひまわりの絵を描いている。どれもが後世「名画」として、画家ゴッホの名を不動のものにした。もしもコロンブス による「新大陸発見」がなければ、ゴッホの名画は生まれなかったのかもしれない。

第八回 トケイソウ(時計草)

想像力掻き立てられるユニークな花 ここペルーやブラジルの熱帯地域原産のトケイソウ科つる性常緑宿根草。複雑で色鮮やかな花をしているのは、昆虫を惹きつける為である。 ユニークな名前の由来は、花の形が時計の文字盤のように見えることから。黄色をした雌しべが時計の長針、短針、秒針の3本の針に似ていて、また糸状に開いた副花冠が文字盤に類似していることから、中国より伝来した明治時代初期より「時計草」の名で呼ばれるようになった。淡青色と黄色のコントラストが大変美しく、観賞用の花として日本でも親しまれている。薄命な美に違わず、一日で花が咲ききって終わってしまうのが残念である。 ペルーから本国にスペイン人が持ち帰ったのが、ヨーロッパにこの花が伝わったきっかけである。英語ではトケイソウのことを「パッションフラワー」という。これは、欧米諸国の人々が、この花をキリストの受難(イエス・キリスト磔刑のことで、英語でpassionという)の姿に見立ててパッションフラワーと呼ぶようになったのが、そのまま定着したものと思われる。 このトケイソウ、パズルのような非常に複雑なつくりをした花である。その昔、「新大陸」でスペイン人宣教師がこの花を見たとき、中央で3本に分裂した柱頭を釘、5本の雄しべが5箇所の傷、棒状になった色鮮やかな副花冠がいばらの冠、花弁状の10枚の花被片が10人の使徒、巻きひげが迫害者のムチと見なしたのが起りのようである。ちなみに、ジュースなどになる大きな実をつけるパッションフルーツは、クダモノトケイソウという別の種類。ペルーを代表する果物のひとつである、パッションフルーツのご先祖様とも言われるマラクヤは、クダモノトケイソウに実をつける芳香で黄色い果物である。

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第九回 アマリリス ♪♪フランス土産 やさしいその音色よ ラリ~ラリ~ラリラ しらべはアマリリス♪♪

小学唱歌にもなっているこの有名なフランス民謡は、アマリリスの花の持つ主張しすぎない可憐な美しさをよく表している。 アマリリスはヒガンバナ科の植物で、大柄な南米原産種と他の数種が交配して、現在日本の庭先で見られるような可愛らしい園芸種になったものといわれる。星型の大きな花が特徴で、色は赤を代表にピンク、白、薄紫、黄色など上品な色を身にまとう。ブラジルやペルーが原産で、1760年代にスペインやポルトガルに伝わり、瞬く間にヨーロッパ中に広がっていった。1760年代といえば、オランダのチューリップが熱狂的な人気を博していたが、アマリリスはチューリップブームに続け!!とばかりに、ヨーロッパの貴婦人達にこぞって買い占められたとか。 「アマリリス」とは、古代ローマの代表的な詩人ヴェルギリウスの詩に登場する超美人な羊飼いの娘の名前である。そういわれてみるとこの花、ヨーロッパの長閑な田園風景に欠かせない、村娘の清楚な佇まいや美しさとよくマッチする。19世紀を代表するロマンチック・バレエ作品である「ジゼル」の第一幕で、村娘ジゼルがアマリリスの花びらで恋人との恋占いに興じる有名なシーンも、アマリリスとジゼルの可憐さが微妙にマッチして非常に説得力がある。(ちなみに第二幕は純潔の象徴である百合の花を抱いて、妖精となって踊る。) 花言葉は「勇気」「気品」など。その意味の由来としては、中世の騎士の勇気や気高さを称えるためにつけられたとか。アマリリスは学名をヒッペアストラム (hippeastrum)というが、オランダ語でヒッペアス(hippeas)とは騎士を、アストラム(astrum)は星を意味し、イギリスでもナイト・スター・リリー(騎士の星のゆり Knight Star Lilly)と呼ばれている。羊飼いの美人の娘アマリリスも素敵だが、「騎士の星」とは、何ともロマンチックな名前である。 ペルーやブラジルのジャングルでみられるような大柄であでやかなアマリリスもいいが、庭先に咲くたおやかで可憐なアマリリスをみると、フランス・ブルボン朝の絶対王政の礎を築いたルイ13世作といわれる先述のフランス民謡を♪ラリ ラリ ラリラ♪を思わず口ずさんでしまう。

第十回 ポインセチア クリスマスシーズンの到来を告げる花

この花を花屋の店先で見かけたら、もうすぐ楽しいクリスマスにお正月!と心が弾む。クリスマスの象徴の花として親しまれている、心を浮き立たせる鮮やかな赤い花が、ポインセチアである。 一説にはブラジルとも言われているが、メキシコが原産と言われるこのポインセチアは、高さ5m程のトウダイグサ科の常緑低木である。鮮やかな赤い部分は花と間違われることが多いが、包葉という葉の変形したものである。花は中央の黄色い突起部分で、葉の色は白やピンクなどもあるが、やはり赤が一番人気である。茎からは有毒な乳液がしたたり、メキシコの先住民アステカ族は解毒剤として利用していたそう。トウダイグサ科ユーホルビア属に属する花であるが、ユーホルビアという名がジャバ王族御用達の医師の名前であることからも、この乳液がいかに珍重されていたかを伺い知る事ができる。 ポインセチアという名前であるが、19世紀の駐メキシコ米国大使ジョエル・ロバーツ・ポインセット氏(1779~1851)に由来する。植物学者でもあったこの外交官は、メキシコのタスコ付近でこの美しい真紅の花と出会い、赴任後大切に本国アメリカに持ち帰り園芸商品化に努めた。その後、アメリカではクリスマスのシンボル的な花として急速に需要が高まり、ポインセチア=冬の到来というほどに、国民に定着する。彼の亡くなった12月12日は、敬意を表してアメリカではポインセチアの日とされ、愛する人にこの花を贈る大変微笑ましい日である。これは、花言葉の一つ「私は燃えている」の語源でもあるが、メキシコ先住民アステカ族が激しい愛情・求愛表現にポインセチアを用いていたことに由来している。 クリスマスフラワーという別名はあまりにも有名だが、園芸名をポインセチア・プルチリーマ(pulcherima)という。プルチリーマとは「最上級の美しさを持つ」といったドイツ語で、葉の赤と茎の緑の見事なコントラストの美しさはもちろん、キリストの受難、復活、情熱などを示唆している。17世紀に南米大陸にやって来たフランシスコ修道会の僧侶らは、ポインセチアの葉の真紅色をキリストの流した血の象徴に、茎の緑色を永遠の命の象徴になぞなえ、早速誕生際の行列をポインセチアで埋め尽くした。古くからヨーロッパでは赤は魔よけの色とされ(サンタクロースの服が赤いのもそれ故)、ポインセチアは瞬く間にヨーロッパ中で魔よけの花として普及する。赤・緑・黄色は三位一体を象徴する重要な信仰色であり、元来ヨーロッパの人々は、ヒイラギやモミの葉に赤や黄色のクリスマスボール(球には魔よけの力があると信じられていた)を飾り付けてクリスマスを祝っていた。葉の赤、茎の緑、花の黄と信仰三色を全て兼ね備えたポインセチアが、キリストの情熱と信仰の象徴として人々の心に根づいたのも何ら不思議はない。第八回で紹介したパッションフルーツが夏の信仰の花だとした ら、それと対をなす冬の信仰の花がポインセチアであろう。ちなみにポインセチアが日本にお目見えしたのは明示時代の中期のことである。真紅色の葉の色から、和名を猩々木(ショウジョウボク 猩々とは赤毛の猿=オラウータンのこと)というそうだ。

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