インカ発祥の町〜インカの都まで
インカ帝国の創始者マンコ・カパックは、その妹ママ・オクリョと共にペルー、ボリビア国境にある湖ティティカカに降り立った。彼は、太陽神である父から授かった「金の杖」を放り投げ、その杖が突き刺さったクスコの町を都に定めることにした。
インカ帝国誕生の伝説は、ティティカカ湖畔の町プーノとその都クスコを抜きにしては語れない。
「インカ発祥の町〜インカの都まで」プーノからクスコ(逆ルートのクスコからプーノ)へ抜けるルートは、ペルー観光の目玉のひとつとなっている。
このルートを辿る交通手段として、最も利用されているのは観光バスであるが、時間に余裕のある方は、ぜひ、南米屈指の豪華さを誇るペルーレールの列車の旅を試していただきたい。【塩畑敏明】
プーノ、クスコ間を走るペルーレールの列車には、アンディアンエクスプローラー(インカ・ファースト・クラスとも呼ばれている)とバックパッカーの二種類のクラスがあるが、その豪華さとサービスで、特に観光客に人気があるのがアンディアンエクスプローラーだ。
木材を基調とした落ち着いた雰囲気の車内には、ソファーのような、ゆったりとした椅子が用いられており、清潔な白いクロスがかかったテーブルには、小さな読書灯が置かれ季節に応じたかわいらしい一輪挿しが飾られている。
これは、ヨーロッパの長距離列車のファーストクラスにも劣らない設備と豪華さだ。
この豪華な車両の他に、ビールやワイン、カクテルなど種類が豊富な飲み物が用意されているバー専用車両、外の景色が一望できる展望車両が連結されている。
そして、乗客へのサービスも一流だ。ウエルカムドリンクにはペルーを代表するカクテル、ピスコ・サワー、前菜二種類、メインディッシュ三種類のメニューの中からチョイスするアラカルト方式の昼食は、デザートと温かい飲み物がついたフルコース、夕方四時には、軽食付きのティータイムも設けられている(これら全てが、列車代金に含まれている)。
その他、フォルクローレ楽団の生演奏やファッションショーなどで乗客たちを楽しませてくれる。
しかし、この列車の魅力は、決して車両の豪華さだけではない。
標高3000mを雄に超えるアンデス高原地帯。雲が頭上近くに迫ってくるような広大な青空の中、太陽の強い光を浴びながらゆっくりと走り続ける列車の車窓からは、美しい山々やその山間を力強く流れるビルカノタ川、野生のリャマや羊たちの群れやアンデスに住む人々の生活を垣間見ることができる。
時間に追われる生活を離れ、列車に揺られながらゆったりとした気分でアンデスの大自然の中に身を置くことは、私たちにこれ以上にない贅沢な時を与えてくれることだろう。
※列車は午前8時にプーノを出発、途中、4313メートル、このルートの最高地点ラ・ラヤに10分(写真撮影を兼ね て)ほど停車し、クスコへは午後6時ごろに到着する。
※運航日(週4日の運行)と最少運行人数(20名)に注意。
乗車体験記2006年8月23日(水)
まだ、少し肌寒く感じる午前8時、プーノ駅を出発した列車は、細い黒煙を吐き出しながらゆっくりと走り出した。車窓右手には、インカ帝国発祥の伝説を持つ神秘の湖ティティカカの水面が、太陽に照らされキラキラと輝いている。
プーノからクスコまで、距離にして380km、時間にして約10時間の長い旅の始まりである。
高速道路やバスの発達により、鉄道路線が廃線になることが多い南米でも、プーノ、クスコ間を走るこの列車は、アンディアンエクスプローラーと呼ばれる一等車両の豪華さとアンデス高原地帯の風光明媚な景色を堪能できるとあって、観光客の間では根強い人気を誇っている。
私は、アンディアンエクスプローラーのゆったりとした椅子に腰掛け、スピーカーから流れてくる車内アナウンスに耳を傾けている。車内を見渡すと、他の乗客たちが、本を読んだり、カードゲームで遊んでいたり、思い思いに過ごしている様子がうかがえる。
一時間ほど経っただろうか。ティティカカ湖が列車のはるか後方へと遠ざかると、民家や観光バスなどが目に付くようになってきた。どうやらフリアカに到着したようだ。列車は、乗客を乗せるでもなく、5分ほど停車し、再び走り始めた。
線路沿いには、民芸品や日用品などを売る露天がびっしりと横に並んでおり、露天商とその子どもたちは、乗客たちに手を振りながらニコニコと列車を眺めている。
フリアカの町を過ぎ、トトラ(葦)の生えた沼地を越えてゆくと、リャマやアルパカが姿を見せるようになり、遠めには、青い空と大きな雲を後方に従えるように、なだらかな稜線を描いた美しい山々の風景が視界に広がる。
その光景を見た乗客たちは、カメラを持って展望車両へと向かって行った。展望車の最後尾に立つと、真っ直ぐに延びた線路が、先ほど通り過ぎた山間に吸い込まれてゆくように感じるから不思議だ。
午前11時半、昼食を知らせるアナウンスがあると、乗客たちはそれぞれ自分の席へと戻っていった。予め注文しておいた昼食は、列車の中で働く人たち5、6人が一列に並んで足並みを揃えて運んでくる。テーブルの前に着くと、いっせいに、まずは左のテーブル客、次に右のテーブル客、といった具合に動作を併せてサーブする。まるで、衛兵交代の儀式のような正確さで、面白い。
昼食が終わると、ほどなくして、このルートの最高地点、標高4313mのラ・ラヤ駅に到着する。フォトストップも兼ねた停車で、乗客は列車を降りることができる。この列車の利用客を見込んだ露天も出ており、民族衣装に身を包んだ露天商が乗客たちに商品を持って近づいてくる。
10分後、列車は再びクスコに向けて走り出した。
山々に囲まれた平原の景色が暫く続くことになるが、ゆるやかな稜線を描く山々とその後方にそびえる険しい山々、太陽の光と影に映し出されるその姿は美しく、見る者を飽きさせることがない。
窓の景色をぼんやりと眺める人、昼寝をする人、車窓からの風景をスケッチする人、この頃になると、乗客たちものんびりと過ごすようになってくる。
途中、1、2時間おきに、フォルクローレの楽団演奏やファッションショー、土産物販売などの催しがあり、列車内のサービス精神も旺盛である。
そんな時間を過ごしていると、車窓からは、列車と平行に川の流れが見えるようになってきた。ビルカノタ川である。
午後4時、ティータイムがあり、サンドウィッチとビスケットの軽食とともに紅茶のサービスがあった。
山に日が陰るころになり、列車が山間に沿って走るようになると、ビルカノタ川がだんだんと接近してくるのがわかる。
列車がすぐ横を流れていたビルカノタ川から徐々に離れてゆくと、日干し煉瓦で建てられた民家のそばで羊や牛が放牧されている牧歌的な風景が目に付くようになる。そろそろクスコに到着する時間である。
完全には太陽が沈みきらない薄暗い中、民家を照らすオレンジ色の街灯がぽつり、ぽつりと目立つようになり、高原列車は、ゆっくりとクスコ駅のホームへ吸い込まれていった。 |