サンバ・カーニバル

サンバを踊ってストレスにサラバ!

マツケンサンバが日本中を席巻してから早2年近くが経ちました。サンバというと「う〜サンバっつ!」とノリノリのダンスとして、すっかり定着した感があります。しかし、サンバの歴史や、サンバをグローバルな存在たらしめているリオのカーニバルに触れてみると、サンバのお家元ブラジルの知られざる表情も見えてきて、非常に興味深いです。
ブラジル渡航回数30回以上、リオのカーニバル鑑賞も8回に及ぶ筆者が、末筆ながらブラジルを代表するダンスであるサンバと、世界三大祭りのひとつに数えられるリオのカーニバルについてご紹介させていただきましょう。

サンバの歴史
サンバの原型もしくは発祥といわれているのは、19世紀末にブラジル北東部のバイーア地方からリオ・デ・ジャネイロに移住してきたアフリカ系の黒人奴隷労働者が持ち込んだとされています。19世紀末はブラジルの歴史において特筆に価する時期です。1822年にポルトガルより独立したものの、皇帝が全ての権力を掌握する帝政が長く続き、国民は圧政による貧困に苦しんでいました。1899年に陸軍によるクーデターが起こり、70年に渡って続いた帝政時代に終止符が打たれ、新生ブラジルは共和国として再出発を始めます。当時の首都はリオ。その為ブラジル各地より奴隷として酷使されていた多くのアフリカ系黒人が新たな仕事を求めて首都にやってきます。
特に多かったのが先述したバイーア地方からの黒人労働者で、彼らはバトゥカーダ(Batucada)という4分の2拍子の打楽器のみのサンバをも自らの文化として首都に持ち込みます。このバトゥカーダに当時のヨーロッパからのマズルカやポルカといったリズムが融合して生まれたのが、現在我々の知るところのサンバの原型です。サンバは労働者階級の音楽として生まれ、人種差別や体制批判といった「持たざるものの叫び」を訴える音楽として、貧しい人々の心を捉えていきます。
下層階級の心の支えだったサンバの転換期が1960年代に訪れます。少しずつではありますが中産階級にも広まりつつあったサンバが、アメリカの強烈な文化の影響の下、サンバ・ボサノバ(Bossa Nova)としてより広い階層、地域の人々に受け入れられるようになります。また同時期に、後述するリオのカーニバルといわれるサンバの国民的コンクールがリオの州政府観光局主導で行われるようになり始めたことも、サンバの発展に大きく寄与しました。
1980年代の後半には、パゴージ(Pagode)という少人数で合唱しながら踊る、サンバの小人数グループ化ともいえる現象があらわれ、ブラジル人の日常生活の中にもサンバがより息づくようになります。今回のサッカー・ワールドカップ・ドイツ大会の選手控え室で、ブラジルチームのセレソン達がパゴージを大合唱している姿がメディアに大きく取り上げられ話題になったことは、ご記憶に新しい方も多いかもしれません。
サンバはその歴史過程からもわかるように、貧しい国民の唯一の憂さ晴らしともいえる、からっと明るいリズムの中にも開き直りともいえる哀愁を帯びた、まさにブラジルを代表する民族音楽といえましょう。

カーニバルとは
カーニバル(謝肉祭)は、ラテン語のCarne Vale(肉よ、さらば!)に由来するとされ、キリストの復活を祝う復活祭から40日逆算した四旬節の前、毎年2月〜3月頃行われる、多くのキリスト教国で見られるお祭りです。もともとはゲルマンに伝わる春の到来を喜ぶ祭りに起源があるとされ、、村人が1週間教会で飲めや歌えやのドンチャン騒ぎを繰り返した後、「灰の水曜日」といわれる四旬節の初日を迎えていたといいます。

リオのカーニバルの誕生
世界三大祭りのひとつに数えられ、毎年参加総人数約3万人、世界中からの観客総数8万人〜10万人という大規模なリオのカーニバルは、どのようにして始まったのでしょうか。
先述したように、もともと下層階級の音楽として広がっていったサンバですが、徐々にまとまって踊りを繰り広げるグループが生まれ、ランチョ(rancho 隊)と呼ばれるリオ市内の貧しいスラムの住人の集まり同士で、サンバの技術を競いあうようになります。今でもカーニバルの参加者の大半はスラムの住人であり、貧困にあえぐ者達の一年に一回のエネルギー発散の場であるという本質は失われておりません。
1928年にランチョを元に「本格的にサンバの教育と普及の場を設ける」との目的で、初のEscola de Samba(サンバ学校)が誕生します。そして4年後の1932年、地元の新聞社が主催のサンバ学校同士のコンクールが開催されます。このコンクールをきっかけに、1935年、観光局主催の今日我々の知るところのリオのカーニバルが誕生したのです。
華麗なリオのカーニバル
初期は先述のようにサンバ学校同士の素朴な競い合いだったものが、現在では世界中から観光客が押し寄せるほどのワールドワイドな存在になったリオのカーニバル。現在はセントロ地区の駅の近くのサンボドロモ(Sanbodromo)という特設会場で、各チームが8〜10のセクションに別れながらも一貫性をもってパレードを繰り広げ、サンバを歌い、踊り、一年間の憂さを晴らしています。
前年度カーニバルのパレードの成績などで選ばれた特別グループの14チーム(Grupo Especial Aグループ、いわゆる一軍)は、日曜日と月曜日に7チーム毎でパレードを行いますが、このAチームで成績の悪かった2チームは、次年度に普通グループ(いわゆる二軍)に降格するため、各チームとも気合の入ったパレード演技を見せてくれます。逆に普通グループで上位に入った2チームは、次年度特別グループの仲間入りができるという昇格制度もあります。パレード後の水曜日に毎年結果発表があるのですが、結果に必ず難癖がついたり、チーム間でもめたりするのは、その緊張感のせいともいえます。
特別グループの14チームになると、1チームに3000人から5000人のメンバーを抱え、彼らが織り成すパレードはまさに絢爛豪華!!そのスケールの大きさでは、世界中の他のお祭りの群を抜いているといって、過言ではないでしょう。特別グループの上位5チームと普通グループの上位2チームは、土曜日に再びサンボドロムでパレードをする名誉を与えられます。これが俗にいう「チャンピンパレード」で、日本からこの上位チームによる競演だけを見に来るツアーもありますが、夜でも気温30度を越えるむっとした空気の中、優勝を競っての緊張感の中で繰り広げられるパレードにこそ、リオのカーニバル本来の魅力と本質が詰まっているような気がします。
カーニバルの開催される毎年2月〜3月のこの時期はブラジルの雨期にあたるため、筆者も鑑賞中何度か雨に見舞われたことがあります。しかし外気温が高いので風邪をひく心配もなく、また打楽器のリズムに合わせて一緒に踊っていると、雨だか汗だかわからなく全く気になりません。野暮ったい雨合羽を着て座って観ているのは日本人観光客くらいのもので、地元のリオっ子や欧米の観光客はパレードの鑑賞というより、サンバのリズムに合わせて一緒に踊り、盛り上がっています。ちなみに雨傘の持ち込むが禁止されているのは、後部席の人の鑑賞を妨げないためです。

パレードの審査項目
ではここで、各チームによる華麗なパレードが実際にどのような審査項目で順位付けされているのか、ご紹介しましょう。
1 Comissao de Frente(露払い団)
パレードの先頭をゆっくりと行進して観客に挨拶するチーム。普通年配の男性20〜30人位で構成されており、きちんとした身なりで粋に挨拶する姿を目にすると、「ああいよいよ開始だ!」と嫌でも気分が高揚します。

2Mestre Sala e Porta Bandeira (名カップル)
Porta Bandeira という大きなチームの旗を持った若い女性と、王子様ルックの男性とが絡み合いながら軽やかに踊ります。この男性と女性は、各チームからそれぞれ一人しか選ばれないため、選ばれることが大変名誉な役。最近ではマスメディア用に女優やスポーツ選手といった有名人を起用するケースも増えています。

3Fantasia(衣装・仮装)
チームカラーのオリジナル衣装を身にまとった男性陣によるパーカッション隊や、バイアーナという白いレースの衣装を身にまとった年配の女性陣によるチームで200人から300人位のチームなど、チームごとの衣装のオリジナル性や一貫性も審査の対象になります。カーニバルに衣装って!?ほとんど裸じゃない・・・と思われる方もいらっしゃるかと思います。実際超ビキニというか、肝心なところだけかろうじて隠してノリまくっているピチピチの女性メンバーも実に多いです。全裸になると観客(特に男性)は喜びますが、一応ルール上は減点の対象となります。その為彼女達は仕方なく水着をまとっているといったところでしょうか。日頃のサンバのレッスンで鍛え上げられたご自慢のナイスバディーそのものが、豪華な装飾を施した衣装に勝るのかもしれません。

4Enredo(テーマ)
各チーム毎年テーマを用意してパレードに臨んでいます。歴史や政治ネタなどを題材にしたチームが多いです。このテーマの独創性もパレードの成否を決める大事な要素です。

5Alegoria e Adereco(山車と装飾)
特別グループのチームになると、パレード中何台も大型の山車が登場します。この山車の華麗さや山車を担うメンバーの統一性なども、採点基準のひとつです。

6Evducao(パレードの進行・まとまり・盛り上がり)
これは、大事な審査項目です。パレードの最中、各セクションの先頭で羊飼いよろしくピッピッと笛を鳴らしながら、統率をとっている20人位の監督係がいます。パレードの出来の良し悪しは、彼らの手に委ねられているといっても過言ではありません。列からはみだしそうになる人や、ノリすぎて統率を乱しそうな人、中には具合の悪くなりかける妊婦さんまで参加メンバーにはいます。汗だくになって笛を吹きながらパレードを成功させようとする監督係の姿には、感動すら覚えます。

7Bateria(パーカッション)
ほとんどが男性のみで構成される500人〜900人にも及ぶ打楽器隊。彼らの打ち鳴らすパーカッションの壮大な音色は、まさにカーニバルの真髄です。また軽快な太鼓のリズムに、人間の太古の魂を揺さぶられるという観客も多いです。これぞカーニバルの真骨頂!!

8Sanba Enredo(パレードのテーマ曲)
これも重要な審査項目です。観客の耳に馴染みやすく、残りやすい曲作りが求められます。覚えやすかったりノリやすい曲のチームには、自然と拍手も多くなります。

9Harmonia(ハーモニー)

10所要時間
各チーム、最大1時間20分という持ち時間が決められていて、これを大幅に下回ったり超えたりすると、減点の対象になります。持ち時間内にパレードをスムーズに進行させる采配が、監督係りに求められます。会場のサンボドロムには観客にもわかりやすいよう、大型の電光掲示板が配置されています。

主要チーム
特別グループの常連チームのうち、主なチーム(サンバ学校)をご紹介します。今現在でも、サンバ学校はだいたいがスラム街にあり、参加メンバーはスラムの住人がほとんどです。

Salgueiro(サルゲイロ)
1953年に創立された由緒あるサンバ学校。チームカラーは赤と白。毎年観客を惹きつける選曲には定評があります。

Portela(ポルテーラ)
1935年創立の老舗のサンバ学校。20回以上の優勝経験があり、カーニバルには欠かせないチーム。山車や露払い団などを導入したのは、このチームが最初です。

Manguera(マンゲーラ)
1928年創立の、筆者一押しのチーム。トレードカラーは緑とピンク。設立時の学校の近くにマンゴの木が沢山生えていたのが、チーム名の由来だとか。海外の貴賓などが、必ず視察に訪問する、有名サンバ学校。もちろん優勝経験もあります。

Imperatriz(インペラトリッツ)
緑と白がチームカラーの、こちらもカーニバルファンにはお馴染みのチーム。ゴージャスな山車には定評があります。優勝経験も5回以上あり。

Beija Flor(ベージャフロール)
最近特に力をつけてきた、特別グループの上位常連チーム。1948年創立で、チームカラーは青と白です。2004年度と2005年度、2年連続優勝を果たしたことで、ぐっと知名度を上げました。チーム名の「美しい花」に違わず、優雅で華麗なパレードが見もの。ダンサーの質も文句のつけようがないほど、ハイレベルです。

Caprichosos de Pilares(カプリチョーソ・デ・ピラレス)
ブラジルの歴史や政治風刺など、独特のテーマで、毎年観客を喜ばせてくれます。テーマ性の豊かさは、他のチームを抜きん出ています。

 さて、簡単にリオのカーニバルについてご紹介してまいりましたが、「百聞は一見にしかず」。やはりご自分の五感とハートでカーニバルの迫力と興奮をかんじていただくのが、一番でしょう。ブラジルの国土と歴史の礎となった名もなき労働者達の、1年に1回のストレス発散の場であり続けてきたことを考えると、豪華絢爛なカーニバルにより造詣が深まることでしょう。
会場には毎年世界の有名人も観客として訪れます。筆者過去には、会場でハリウッド俳優のシルベスター・スタローンや、現在はカリフォルニア州の知事アーノルド・シュワルツネッガー、更にブラジルサッカーチームの怪物ロナウドとそのパパなどのサインをもらう恩恵に恵まれました。
しかし、カーニバル期間中のリオ・デ・ジャネイロは、本当の姿であり、またある意味では本来のリオではありません。というのも、この時期は日本の正月同様、店も官公庁なども全てクローズ。また地元のお金持ちは、観光客が押しかけるリオの喧騒を離れて避暑地や海外に旅行にいってしまいます。ですので、カーニバル期間中のリオの日中はまさに眠った街・・・町全体が静まりかえり、全く活気がありません。リオっ子も観光客も夜通し続くカーニバルに向けて、十分睡眠をとっているからです。
カーニバル特設会場サンボドロムの鑑賞席の料金もじつにまちまち。桟敷席といわれる、オープンカフェのようなかぶりつきの席は、早い時期に予約しておかないとなかなか抑えることが難しいです。
映画「黒いオルフェ」の題材にもなった地球規模で有名なリオのカーニバル。ご自分の中に眠っている魂を呼び起こされること間違いなし!是非一度は足を運んでみてください。

 
 

 

 

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