| ペルーの首都。南米大陸の太平洋岸の中心で、ブラジルのサンパウロやリオ・デ・ジャネイロと並ぶ南米のゲートウエイ。 海岸砂漠地帯(チャラ)に属し、一年を通してほとんど雨が降らない。 観光の中心は、旧市街のセントロ、新市街のミラフローレス地区やサン・イシドロ地区。 ユネスコの世界文化遺産にも登録されている旧市街。その中心であるアルマス広場(マヨール広場)には、スペインの征服者フランシスコ・ピサロが礎石を据えたカテドラル、植民地時代に財力を注ぎ込んで建築された政庁、市庁舎があり、その周辺には数百年の歴史を誇る教会や修道院が多く点在する。オフィスが集中している新市街は、いわゆる経済の中心地。ホテルやレストラン、高級ブティック、映画館などが集中する。 植民地時代の文化と近代文化、リマは二つの顔を持っている。 |
| リマ歴史地区(旧市街・セントロ) |
| 歴史的建造物がユネスコの世界遺産にも登録されているリマ歴史地区(旧市街・セントロ)。アルマス広場を中心とした町造りは道路が碁盤の目状に走っているので非常に分かりやすく、大統領府、カテドラル、サン・フランシスコ教会・修道院などの観光スポットも数ブロックの距離にある。植民地時代の贅を尽くした建造物が数百年の歴史をもって訪れる人々を見下ろす町。 |
| リマ歴史地区の主な見所 |
| アルマス広場(マヨール広場) |
1535年、征服者・スペイン人・フランシスコ・ピサロはクスコからリマに都を移すことを決め、イベリア様式にのっとりアルマス広場を中心とした町造りを行った。アルマス広場はリマ旧市街の中心であり、その周囲にはスペイン植民地時代に財力を注ぎこんで作られたカテドラル、大統領府、市庁舎などコロニアル様式の建造物が多く立ち並ぶ官庁街。リマ観光の中心でもある。 アルマス広場とサン・マルティン広場を結ぶラ・ウニオン通りはカフェやデパートなど多くの商店が建ち並ぶセントロのメイン・ストリート。 |
| カテドラル |
アルマス広場の正面にそびえるペルーで最も古いカテドラル。 フランシスコ・ピサロが1535年1月18日、自らの手で礎石を置いた。この日はリマ建都の日となっている。 カテドラル内には金、銀箔、彫刻の祭壇が16あるほか、14世紀に伝わる宗教画や歴代インカ皇帝の肖像画などが飾られている。また、「ピサロの遺体」とされるミイラが安置されている。 |
| サン・マルティン広場 |
| アルマス広場に次ぐリマ旧市街の中心をなす広場。 広場の中心にはペルーの独立運動に大きな業績を残した指導者サン・マルティン将軍の騎馬像が置かれている。 |
| サント・ドミンゴ教会・修道院 |
| アルマス広場から西へ1ブロック。1549年に建立。過去に大きな地震があったにもかかわらず、コロニアル時代の教会の中でも特に保存状態のよい建築物(教会の内側は地震の影響を受けているが、外側は建立当時とほとんど変らない)といわれている。地震の影響は受けてはいるものの教会内には当時のスペイン製の見事な青タイルなどが残っており、中には1604年、1606年という古い日付の残るものもある。このタイルはスペインのセビリアに特注したもので、17世紀頃の教会が相当な財力を持っていたことがわかる。地下墓地には植民地時代の初期にリマの民衆の守護神として活躍し“リマが生んだ二大聖者”といわれる聖女サンタ・ロサとフライ・マルティンの遺体が安置されている。 |
| サン・フランシスコ教会・修道院 |
メインの教会は、15のチャペル、カタコンベ(地下墓地)、修道院、宗教芸術博物館からなり、バロックとアンダルシア風の建築様式を取り入れ1546年から100年以上の歳月を費やし建てられた。過去3回の地震でダメージを受けているが、建立当時そのままのものを多く残っている。修道院の中庭を囲む回廊に残る17世紀前半のセビリアンスタイル、1625年に造られたムーア風の天井、聖職者たちが使用した図書館などが興味深い。図書館では16世 紀から18世紀にかけて著された本が約2500冊保存されている。 カタコンベ(地下墓地)は地下三階まであるが、館内のガイドツアーで見学できる一階部分だけでも2万5000体の骨があるという。 |
| ラ・インキシシオン(宗教裁判所博物館) |
| セントロのアルマス広場からフニン通りを東に、アバンカイ通りを渡ってすぐ。キリスト教信仰が絶対であった植民地時代、異教徒と疑われたものを厳しい拷問にかけ改宗をせまった宗教裁判所。1820年に廃止されたが、現在では博物館になっている。館内では蝋人形を使って、当時の拷問の様子を再現している。 |
| トーレ・タグレ宮殿 |
| アルマス広場を南に1ブロック行ったウカヤリ通り沿いにある。 ペルー独運動の指導者サン・マルティン将軍の指示でトーレ・タグレ公爵のために建設された。 南米の中でも特に美しいコロニアル建築の建物。バルコニー付きのファザードなどスペインのセビリア風の外観が素晴らしい。 |
| サン・ペドロ教会 |
| トーレ・タグレの斜め向かい。17世紀にイエズス会派によって建てられたバロック様式の教会。過去の大地震でもほとんど影響を受けなかったほど頑丈に造られており、その姿は17世紀のオリジナルとほとんど変化がない。ドーム型の天井はローマのサン・ピエトロ寺院を模したデザインとなっている。 |
| サン・アグスティン教会 |
| アルマス広場周辺、イカ通りとカマナ通りの角。過去、大地震が起こるたびに修復を繰り返してきた教会。最近では1974年の大地震で大きなダメージを受けたが、チュリゲーラ様式と呼ばれる見事な正面装飾は無事に残った |
| ラ・メルセー教会 |
| アルマス広場から2ブロック南にいった、ラ・ウニオン通り沿いにある教会。1532年に建立され、リマで最初のミサが行われたことで知られる。見どころは素晴らしいコロニアル様式の外観、精緻で美しい木で彫られた聖職者席など。教会内にはペルー軍の守り神、聖女メルセーが祭られている。 |
| ラス・ナサレナス教会 |
| アルマス広場西方、タクナ通り沿い。教会内にある「キリストの受難像」は、 宗教壁画の中でも特に敬われているもので、10月、11月の祭りの日には、この絵のレプリカが金の額に入れられ、およそ1トンはあろうかという銀の籠に乗せて町中をねり歩く。 |
| サン・クリストバルの丘 |
セントロの北側の丘の上、もとはスペインの要塞があった場所。
1536年、リマに住む先住民族から勝利をおさめたスペイン軍はカトリックの聖人の名にちなんでサン・クリストバルの丘と名付け、フランシスコ・ピサロが木の十字架と教会を建てた。1928年の地震で教会は崩壊したが、後に再建され十字架も建て替えられている。毎年5月の第一日曜日には、麓にあるロス・デスカルソス修道院から頂上までパレードが行われる |
| ロス・デスカルソス修道院・宗教博物館 |
| サン・クリストバルの丘の麓にある。1595年に建設されたサン・フランシスコ派の修道院。十数人の修道士が住んでいるが、1981年から博物館として一般公開されている。17〜18世紀の宗教画、ワイン醸造所、食堂などが見学できる。宗教画の中には1597年、日本の宗教弾圧で処刑されたイエズス会士と日本人信者を描いたものもあり興味深い。 |
| イタリアン・アート美術館 |
| イタリア政府から寄付された現代アートの美術館。セントロのグラウ広場近くにある。 |
| リマ新市街、その他の地区 |
| 新市街はセントロ・旧市街にあるサン・マルティン広場やタクナ通りから結ばれており、アレキパ通りを下ってゆくと、高級住宅街、ホテル、ブティックなどが立ち並ぶサン・イシドロ地区。そこを通り過ぎると新市街の中心・ミラフローレス地区に入る。ミラフローレス地区は太平洋に面した高級住宅街で、海水浴場、ショッピングモール、公園などがある若者に人気の地区であり、銀行、オフィスビルなども集まる旧市街・セントロに変わるリマの中心地となっている。 ミラフローレスの南はバランコ地区。多くの芸術家が住んでいるお洒落な場所で、人気のペーニャやディスコがあることでも有名。 |
| リマ新市街・その他の主な見所 |
| 愛の公園 |
| ラルコ・マルから海岸線に沿って徒歩10分の場所。 公園の中央に恋人が抱き合ってキスをしている巨大なモニュメントがある。太平洋を望むロケーションと公園内に植えられた花々が人々に心の安らぎを与える。 |
| ラルコマル・ショッピングセンター |
| リマの新市街・ミラフローレスの海岸沿いにある、レストラン、ショップ、ディスコ、映画館などが集まるショッピングセンター。 晴れた日には太平洋が一望できるロケーションは最高。サン・クリストバルの丘にある十字架も見える。 ミラフローレスの中心から徒歩15分、「愛の公園」から徒歩10分ほどの場所にあり、リマっ子やツーリストたちの人気スポットとなっている。 |
| ワカ・プクヤーナ |
| ミラフローレス地区、アレキパ通りの45ブロック目を北に2ブロック入った場所にある。紀元200年から700年ごろに栄えたといわれているリマ文明の遺跡で、アドベと呼ばれる日干しレンガを積み重ねて造られている。遺跡からは土器、ミイラ、織物などが出土しており、宗教的な儀式を行う場所であったと考えられている。 |
| ワカ・ワヤマルカ |
| 高級ホテルやレストランが建ち並ぶサン・イシドロ地区、エル・ロサリオ通りとニコラス・デ・リベラ通りの角にある。紀元200年から500年にかけて建てられたプレ・インカ時代のピラミッド型の遺跡。博物館が隣接しており、出土品が展示されている。 |
| 黄金博物館 |
| モンテリコ区の住宅街の一角にある。実業家だったミゲル・ムヒカ・ガーヨ氏の金を中心としたコレクションが展示されている博物館。館内には武器博物館もある。 |
| ラファエル・エル・ラルコ・エレラ博物館 |
| プエブロ・リブレ区のボリーバル通り沿いにある。ラファエル・ラルコ氏の土器やミイラの個人コレクションを展示している博物館。ラルコ氏は特にモチェ文明の土器のコレクションを徹底的に収集。他の文明の物と併せると約4万5000点の土器があり、その全てがこの博物館に展示されている。 |
| 国立博物館 |
| サン・ボルハ区、ハビエル・プラド通り沿いにある。ペルー文化庁が管理する、ペルーを代表する総合博物館。アンデスの幕開けから、チャビン、パラカス、ナスカ、モチェのプレ・インカ、インカ時代とパネルや遺跡の一部、模型などを使い、地域別、文化別に分かりやすく展示されている。ナスカの土器やパラカスの織物など興味深い展示物が多い。 |
| 国立人類学考古学歴史学博物館 |
| 規模、収集量が最大のペルーを代表する博物館。プレ・インカ時代の展示品が多く、特にナスカ、パチャカマ両文化の解説はとても詳しい。土器、織物などの他にナスカ文化時代のミイラなども展示されている。 |
| 天野博物館 |
新市街ミラフローレス地区の閑静な住宅街にあるリマの名誉市民にも選ばれた故天野芳太郎氏が1964年に設立した博物館。
天野氏が長年に渡り研究、収集した土器、織物などがプレ・インカ、インカの各文化に分けて展示されている。天野氏はチャンカイ文化の研究者として有名であり、チャンカイ文化の土器の収蔵点数は3万点以上。個人のコレクションとしてはペルー最大であり、そのうちの300点が展示されている。 最も力を注いでいるチャンカイ文化の織物は毛糸、木綿の織物や編み物、レース編みなどさまざまで、織り方が素晴らしいだけでなくデザイン性も豊か。 日本人ガイドが説明してくれるのも有り難い。見学は全て電話での予約制。 |
| 日秘文化会館 |
| リマのヘスス・マリア地区、サン・フェリペ団地の一角にある。 ペルーの日系人に日本文化に触れる機会をと、1981年の移住80周年を記念して建てられた施設。日本語や折り紙、柔道、剣道などを教えるクラスがある。また、日本食堂、日本語の本が読める図書館、インターネット施設(日本語もできる)、コンサートやイベントが行える日秘大劇場、日系移民の歴史に触れることができる平岡千代照移住史資料館もあり、一般の人や観光客も利用できる。また、日本の習慣に合わせたお祭りや敬老の日などのイベントも行われる。 |
| 平岡千代照移住史資料館 |
| 日秘文化会館の2階。古代からのペルー史(日本の歴史との比較)、日本とペルーの関係、日本人移民の歴史などがわかる資料館。いくつかのセクションに分け、図入りのパネルを使った解説はスペイン語、日本語、両語で書かれていて非常に分かりやすい。また、移民たちが実際に使用した道具類や資料などが展示されていて興味深い。 |
| ラス・レジェンダス公園 |
| リマ地区とカヤオ地区の境にある。園内はペルーの海岸地帯、山岳地帯、熱帯密林地帯に分けてレイアウトされており、動物園、植物園、児童公園などがある。動物園ではペルーに生息する動物たちが多く集められている。 |
| リマ郊外の主な見所 |
| パチャカマック遺跡 |
リマから南へ30kmの海岸付近に位置する太陽の神殿、月の神殿、処女の館などからなる遺跡。パチャカマ文化は紀元600年頃にペルー中央海岸地帯に発生した文化でパチャカマは天地の創造者(パチャ=天地、カマ=創造者)の意味で海岸地帯の人々に広く信仰されていた。神体は海岸都市であるため、魚だったといわれている。15世紀、チムーを征服したインカがそのまま南下、パチャカマも占領された。しかし、インカは絶大な人気のあったパチャカマ信仰を禁止しなかった。但し、その威厳を示すため、インカの太陽の神殿、月の神殿を新たに建ててパチャカマと共に祭った。その後、1563年のスペイン侵攻より、砂漠に眠る廃墟となってしまった。 |
| カニェーテ |
| リマから海岸沿いを南へ137km。1889年4月、移民船“佐倉丸”で初めて契約移民としてペルーへやって来た日本人が入植した町。日系人たちの聖地といわれており、慈恩寺という仏式の寺院、日本人専用墓地や慰霊の塔がある。毎年、8月のお盆の時期になると日系人たちが慈恩寺に集まり法要をやることで有名。 |
| パロミロ島(アザラシ島クルーズ) |
| リマの外港・カヤオ港から出発するヨットクルーズ。船上からは港周辺のイタリア人居住区、スペインのフェリペ5世の名の付いた要塞、海軍学校などを望むことができる。また、テロリスト・アビマエル・グスマンが二年間収容されていた建物やペルー歴代大統領の夏の住居があるペルー最大の島・サン・ロレンソ島やフロントン島も見ることができる。最後はパロミノ島でアザラシウォッチング。数百頭を超えるアザラシたちを間近に、あたりに響きわたる咆哮や獣くさい臭いなど迫力満点のツアー。 |
| ティクリオ |
| アンデスの鉱物資源を運ぶ目的で1851年開業されたペルー中央アンデス鉄道。1890年には旅客鉄道としての運行が開始され、現在も不定期ではあるがリマ、ワンカヨ間の運行を行っている。その途中、リマからちょうど171km地点に当たる「ティクリオ」の標高は4818m。このルートの最高地点であるばかりでなく、中国チベット自治区ラサと青海省を結ぶ青蔵鉄道が開通するまでは旅客鉄道が通過する世界で一番高い峠としてギネスブックにも登録されていた。 ※ 現在、リマ〜ワンカヨ間は、連休など特別な日のみ運行。年に一回しか走らないこともある |